さて、以下は私事に亘り恐縮ですが、次のような事がありました。
岩原諦信先生が歴史的名著「声明の研究」を京都・藤井佐兵衛から出版されたのは昭和7年のことであります。先生のご自坊は、先生のお言葉を借りれば「寺は海抜三千尺の那岐峰の中腹に位し、津山駅へ五里、自動車待ち合いへ一里、五百の檀徒へは神代道を徒歩によらなくてはならぬという不便さで、研究とは全く絶縁的境遇」の中で、あの大部のご著作を刊行されたのであります。
同書は昭和四十六年再販され、私は高野山大学在学中に同書を手にする幸に会う事ができました。以来私は、岩原先生のご著作の中に、ずっと不思議に思っていた一つの疑問があります。私が今回、刊行会代表をお引き受け致しましたのも、実はその疑問を解く機会があるかも知れぬと、期待したからに他なりません。長年の疑問の取っ掛かりまではたどり着いたような気がします。
それは次のような事であります。 |